1,500万ユーロ、または全世界売上高の3%。どちらか高いほうが上限だ。2026年8月2日、EUのAI法(AI Act)で「透明性義務」と呼ばれるルールの適用が始まった。これに違反したときの制裁金の重さである。
対象は、私たちが毎日ふれているものばかりだ。人と会話するチャットボット、AIが作った画像や動画、そして「本物そっくり」のディープフェイク。「相手はAIです」「これはAI生成です」と示すことが、いくつかの場面で法律の義務になった。この記事では、何がいつから求められるのかを、日本の読者の目線でほどく。
8月2日から始まったのは「透明性」の部分だ
AI法は2024年に成立したが、全部が一度に効くわけではない。段階的に施行され、今回の8月2日は第50条の透明性義務が動き出したタイミングだ。ここで大事なのは、これが「危険なAIの禁止」ではなく「AIだと分かるようにする」ルールだという点である。
欧州委員会の説明では、義務は大きく4つの場面に向く。①人と直接やり取りするAIは「AIだ」と伝える、②AIが作った・加工した画像や音声・動画には機械が読めるマークを付ける、③感情認識や生体分類のシステムは対象者に知らせる、④公共性の高い話題のディープフェイクやAI生成文には表示を付ける。リスクの高さに関係なく、この4場面に当てはまれば義務がかかる。
| 場面 | 求められること |
|---|---|
| チャットボット等 | 「AIと会話しています」とユーザーに分かるようにする |
| AI生成コンテンツ | 機械可読マーク(検出できる形の目印)を埋め込む |
| ディープフェイク | AIで作った・加工したと分かる表示を付ける |
| 感情認識・生体分類 | 対象になる人に、その仕組みが動いていると知らせる |
「見えるラベル」と「機械が読むマーク」は別物だ
ここでつまずきやすいのが、マークには2種類あるという点だ。ひとつは人が見て分かる表示ラベル。もうひとつは、機械が検出するために埋め込む機械可読マーク(電子透かしなど)である。ディープフェイクには前者、AI生成コンテンツ全般には後者が中心になる。
「AIを少し使っただけの文章まで全部ラベルが要る」という制度ではない点も押さえたい。AIシステムを作る提供者と、業務で使う導入者とで義務は違う。たとえば動画生成モデルを作る側にはマーク埋め込みの責任があり、それを使ってディープフェイクを公開する側には表示の責任がある。役割ごとに分かれている。
digital-strategy.ec.europa.eu Commission starts enforcing AI Act rules and new transparency requirements on 2 August 一次情報。欧州委員会が「何が8月2日から始まるのか」を自ら整理したページ。透明性行動規範に180超の組織が署名したことも書かれている。全部が「即・完全施行」ではない
現場に配慮した猶予もある。8月2日より前に作られ公開されていたコンテンツは、さかのぼってのマーク付けは不要だ。さらに、すでに市場にある生成AIシステムには2026年12月2日までの準備期間が与えられた。今日から全サービスが完璧に対応していないと即アウト、という話ではない。
あわせて7月末に施行された「AI Omnibus」という簡素化の規則で、リスクの高いAIに関する重い義務は2027年12月以降へ後ろ倒しされた。EUは「厳しく縛る」と「産業を殺さない」のあいだで、施行のテンポを細かく刻んでいる。透明性を先に、重い規制は後で、という順番だ。
日本の書き手にとっての現実的な線引き
では日本にいる私たちには関係ないのか。筆者の目には、直接は薄いが無縁でもない、と映る。EU域内の利用者に向けてサービスやコンテンツを出す場合、あるいは欧州拠点を持つ場合は、この4場面に触れる可能性がある。逆に、国内向けだけの個人ブログがいきなり制裁金を科される話ではない。
とはいえ「AI生成には目印を付ける」という発想は、規制の有無を超えて広がりつつある。当サイトでもAIに引用される書き方やGoogleのAI広告開示を扱ってきたが、透明性は信頼の通貨になりつつある。EUのルールは、その流れを法律の言葉で先取りしたものだ。
EUが引いたのは「線」ではなく「定規」だ
8月2日に始まったのは、AIを禁じる線ではない。AIかどうかを測るための定規だ。まず自分のサービスがこの4場面に触れるかを点検し、触れるなら表示とマークの仕組みを用意する——EU向けに何かを出している人は、そこから始めるのが実務的だろう。日本の議論も、遠からずこの定規を意識することになる。
出典: 欧州委員会(施行開始の告知) / EU AI Act 第50条 全文 / 日本経済新聞(識別表示義務・制裁金) / Media Innovation(メディア企業への影響)





